「衣替え」は俳句の季語?どの季節に使う?
衣替えは季節の変わり目に衣類を一式入れ替える、日本ならではの習慣です。
そして日本ならではの文化の一つに俳句がありますが、「衣替え」は俳句の季語としても使えるようです。
俳句の季語とは?「衣替え」も季語として使える?
そもそも俳句の季語というのはなんなのでしょうか。
季語というのは、簡単にいうと季節を表す単語です。
俳句には決まり事があり、五・七・五の構成で作らなければいけません。
俳句というのはその時期の風情や様子を表す詩で、わずか17字の中にその様子を閉じ込めるので世界一短い詩とも言われています。
それを可能にしているのが季語です。
季語はその一言だけで時候を表すことができます。
そのため、俳句に使うことで、短い言葉の中に日本ならではの四季の様子を表すことができるのです。
例えば、「桜」なら春、「新緑」なら夏、「紅葉」なら秋、「雪」なら冬というように、一言加えるだけで、どの季節・時候を表しているのかがわかりますよね。
つまり、日本らしい豊な季節感を簡単に表す言葉なのです。
そんな季語ですが、実は日本の習慣でもある「衣替え」も季語として使えるようです。
そもそも衣替えの発祥はというと、実は歴史が古く、平安時代です。
衣替えは今や、国内では誰もがする習慣ですが、当時は宮中行事として扇までも替えていたようです。
確かに平安時代の宮中で貴族は煌びやかな着物に身を包んでいましたが、当時も四季によって気温が違ったでしょう。
さらに貴族だからこそ、着物の柄や帯にも季節感を取り入れたはずです。
しかし、着物というと今の衣類と違い、重みもあり、衣替えも一苦労だったと思われます。
だからこそ、宮中行事として大々的に行われていたのではないでしょうか。
当時のことは詳しくはわかりませんが、それだけ衣替えには歴史があるということです。
だからこそ、季語としても取り入れられているのではないでしょうか。
季語で「衣替え」を使うならどの季節?
「衣替え」というと今の日本ではそれぞれの季節に合わせて行われるので、春夏秋冬、多くて1年に4回あります。
衣替えを行う時期は季節の変わり目なので、春の初めや初夏、秋の始まりや初冬などですが、俳句の季語として使うならどの時期のことを指すのでしょうか?
季語というのは一つの季節・時候を表すので、春夏秋冬のうちのどれか一つのはずです。
あえていうなら、学生服の衣替えが行われる6月や10月を指すのでしょうか?
そうだとしても、年に2回あるのでどちらかわかりませんよね?
では、実際にはどの季節の俳句に使われるのかというと、「夏」です。
なぜ夏の季語として使われるのかというと、その理由は衣替えの発祥にあるようです。
前述したように、衣替えは平安時代から行われていましたが、そのタイミングとしては当時は4月と10月に行われていたそうです。
いわゆる春と秋ですね。
しかし、それが明治時代になり、4月ではなく6月に行われるように変わりました。
そのため、一年のうちの最初の衣替えというと夏服への衣替えが連想されることから、「衣替え」は夏の季語として使われているようです。
確かに学生の夏服を見ると、夏が来たという感じがしますからね。夏の季語としてぴったりな感じもします。
さらに明治には衣替えは6月と10月になったと述べましたが、「衣替え」は「更衣」という季語でも表されます。
読み方は「衣更え」と同じ「ころもがえ」です。
10月の衣替えを季語として述べたいときは「後の更衣」というそうです。
6月の衣替えが1年の前半の衣替えですから、秋の衣替えは「後の」を加えるようですね。
余談 4月1日が「わたぬき」と読まれるワケ
ちなみに漢字で「四月一日」のことを「わたぬき」と読みますが、これにも衣替えが関係しています。
明治になるまでは四月に衣替えが行われていましたが、この際に冬用にしていた衣類から夏用に替えるために綿を抜いていたそうです。
この「綿を抜く」作業から「四月一日」が「わたぬき」と読まれるようになったのです。
面白い由来があるんですね。
「衣替え」を季語として使った俳句にはどんなのがある?
ではここで、具体的に「衣替え」が季語として使われている俳句にはどんなものがあるのかみていきましょう。
代表的な詩人が季語として使った俳句をご紹介します。
「一つぬいで後に負ひぬ衣がへ」
これは日本中を歩いて回ったことで有名な松尾芭蕉の詩です。
意味としては「重ねて着ていたものを一つ脱いで背負えば、衣替えは終わり」といった詩です。
松尾芭蕉は各地を転々としていたので、その移動中の1シーンなのではないでしょうか。
旅の途中では持ち歩く荷物も少なく、衣替えと言っても一枚着ていたものを脱いでまた担いだぐらいだったのでしょう。
暑かったから脱いだのに、それをまた担ぐとなると背中がじっとりと暑くなる感じがしますね。
まさに「衣替え」が季語として表されています。
「衣更て座って見てもひとりかな」
これは小林一茶の詩です。
意味は「衣替えが終わってひと段落しても一人か」という虚しさを表した詩です。
家族のいる場合は衣替えの量も多く、大変ですが、みんなでやれば賑やかなイメージがあります。
それこそ、平安時代は行事として行われていたのでさぞかし大事だったはずです。
しかし、一人なら衣替えの量も少なく、終わっても大したこともないので、家族がいる方と比べると一人だという実感がありありとわかりますよね。
まるで夏の寂しい夕方を表しているかのような詩ですね。
「衣替え」は使い方によっては季語としてだけではなく、作者の感情や様子を表す言葉としても使えるようですね。
改めて詠んでみると感慨深いですね。
「衣替え」は俳句の季語?どの季節に使う?まとめ
衣替えというと季節の変わり目の習慣といったイメージですが、俳句では夏の季語として使われます。
その理由としては夏の始まりに衣替えが行われることが由来のようです。
俳句を詠む機会があれば「衣替え」が使われている句を探してみてはどうでしょう?
これを読めば夏を表していることが、もうわかりますね。