七五三

七五三の由来とは?いつから始まって、どんなことをする?

2022年6月13日

七五三

七五三の由来とは?いつから始まって、どんなことをする?

子供のお祝いといえば、真っ先にイメージするのが誕生日か七五三です。

七五三は今では着物やドレスを着て記念写真を撮るのが習慣化しつつありますが、元々はどんな由来があったのでしょう?

あい
七五三の由来について、ご紹介します。

七五三の由来とは?

七五三の由来

七五三とはその名の通り、子供が3歳、5歳、7歳になった時にするお祝いです。

今でこそ七五三には記念写真を撮ったり、お参りに行くのが普通になっていますが、元々、このような形でするお祝いではありませんでした。

そもそも七五三の由来は平安時代に宮中で行われていた3つの儀式が元となったと言われています。

では、なぜ、子供が小さいうちに宮中の行事に由来した儀式をするのかというと、子供の健やかな成長を祈るためです。

今でこそ、子供は医療面も充実し、家庭でも栄養のある食事が普通にできることから、健やかに成長できる子は多くいますが、平安時代は違いました。

医療はもちろん、衛生面も良くはなく、7歳まで生きられない子は多くいました。

そのため、健やかに成長を遂げてほしいという願いを込めて、成長の節目である3歳、5歳、7歳で儀式をすることにしたのです。

ここで気になるのが3歳、5歳、7歳で儀式を行うという点です。

なぜ、この年齢が成長の節目と言われているのかというと、その由来は中国から伝わった暦にあるようです。

3、5、7というのは奇数で、暦状は縁起の良い陽の数とされていました。

そして「3歳は言葉がわかり始め、5歳で知恵がつき、7歳で乳歯が生え変わる」と言われ、子供の成長の節目とも言われていました。

そのため、3歳、5歳、7歳になった時に、これからも健やかに成長できるように、きちんと生きていけるようにということで、儀式を執り行うことにしたようです。

中でも7歳での儀式にはとりわけ、大きな意味がありました。

というのも、当時は7歳まで生きられる子供は少なく、7歳までは「神のうち」と言われていました。

つまり、7歳まではまだ人間ではなく、7歳を迎えたことで現世に完全に誕生したと考えられていたのです。

そのため、7歳の儀式は七五三の中でも大きく行われる地域が多かったようです。

あい
このように七五三の由来は平安時代の宮中の儀式ですが、どんな儀式が由来となったんでしょうか。

七五三は何をしていた?

七五三は何をしていた

では、七五三の由来となった儀式とはなんだったのでしょうか?

七五三の由来は3つの儀式ですが、それを由来とした儀式をそれぞれの年齢で行なっていました。

3歳「髪置きの儀」

まず、3歳で行われていたのが「髪置きの儀」です。

平安時代は生後7日で髪を剃り、男女関係なく、3歳までは丸坊主で育てるのが習慣になっていました。

というのも、髪の毛がない方が衛生面がよく、長生きできると考えられていたからです。

当時は今のように毎日お風呂に入って髪を洗ったりできませんでした。

すると子供ですから、代謝も良く、汗だって大人よりかくのにしっかり洗わないとすぐに不衛生になってしまいます。

それを防ぐために髪を短くしていたようですね。

つまり病気予防だったというわけです。

そして3歳を迎える頃に長寿を祈願し、行ったのが「髪置きの儀」です。

これは白髪を模した糸や綿白髪を頭上に置いて祝う儀式でした。

別名「櫛置き」、「髪立て」とも言われていたそうです。

つまりこれから白髪になるまで、無事に生きられますようにという願いを込めていたんですね。

それにしても、3歳まで坊主というのは男の子はいいかもしれませんが、女の子で坊主というのはちょっとキツイですね。

確かに衛生面ではいいでしょうが、可愛い着物を着ても坊主だと、髪飾りもできませんし、結えませんからね。

また、冬はかなり寒かっただろうななんて思っちゃいますね。

5歳「袴着の儀」

そして5歳で行われていた儀式が「袴着の儀」です。

平安時代、袴といえば正装でした。

そんな正装を5歳になった時に初めて身につけることで、男の子は少年たちの仲間入りをすると考えられていたのです。

今では七五三の5歳は男の子のみのお祝いとされていますが、平安時代は男女共に行われていたそうです。

それが今のように男のみの儀式になったのは江戸時代と言われています。

そして、この袴を身につけるときの着方ですが、実はきちんとした順序と由来があります。

儀式はまず天下取りの意味を持つ碁盤の上に立って吉方に向き、縁起がいいと言われる左足から袴を履きます。

さらに冠をかぶって四方の神を拝んだともいわれ、四方の敵に勝つという願いが込められていたそうです。

昔は着方一つにとっても意味合いがあったんですね。

ちなみに「袴着の儀」は「着袴の儀」とも言われ、現代の皇室でも執り行われています。

男の子が数え年5歳の時に行い、その後には碁盤の上から飛び降りる「深曽木の儀」というのが続けられています。

また、基盤の上から飛び降りる「基盤の儀」を開催している神社も各地であり、現在も伝統は受け継がれているようですね。

7歳「帯解の儀」

そして7歳で行っていたのが「帯解の儀」という儀式です。

由来は鎌倉時代に行われていた着物を着る際の付け紐をとり、帯を初めて締める儀式です。

これが室町時代に「帯解の儀」としてなり、当初は男女ともに9歳で行われていたそうです。

それが江戸時代に七五三の5歳の「袴着の儀」が男の子のお祝いになったことで、「帯解の儀」は女の子の成長を祝う儀式へと変わっていったそうです。

女の子はこの儀式をすることで大人への成長を歩み始めるとされていたそうです。

でも7歳で大人への1歩を歩み始めるなんて、現代ではまだまだなんて感じがしますが、昔は10代で嫁入りが普通でしたからね。
今のようにゆっくりと成長をすることができなかったんでしょうね。

あい
このように七五三は平安時代の儀式が由来となっており、今でもその名残が残っているようですね。

七五三の由来とは?いつから始まって、どんなことをする?まとめ

このように七五三の由来は平安時代の宮中の行事で、子供の成長の節目に健やかな成長を祈って行われていたものだったんですね。

3歳で「髪置の儀」、5歳で「袴着の儀」、7歳で「帯解の儀」があり、当初は男女関係なかったんですね。

儀式それぞれに意味合いがきちんとあり、それほど子供の成長が今ほどスムーズにいかなかったことがわかりますね。

七五三のそれぞれの年齢は人生で一度きり、お子さんの健やかな成長を願ってお祝いをしてあげてくださいね。




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