ひな祭り

ひな祭りの由来は?中国から伝わったって本当?

2022年3月21日

ひな祭りの由来

ひな祭りの由来は?中国から伝わったって本当?

ひな祭りといえば、可愛いお雛様を飾ったり、ちらし寿司と甘酒を楽しみながら女の子の成長をお祝いする行事です。

そんなひな祭り、今でこそ日本の伝統行事の一つですが、いつから始まったのでしょうか?

あい
そんなひな祭りの由来についてご紹介します。

ひな祭りは実は中国由来?

ひな祭りの由来

実はひな祭りは元々は日本にはないお祭りでした。

では、どこから来たのかと言うと、由来は中国です。

中国には「五節句」という、季節の節目に行う行事がありました。

「五節句」とは1月7日の「人日」、3月3日の「上巳」、5月5日の「端午」、7月7日の「七夕」、9月9日の「重陽」です。

それぞれ、季節の節目にあたり、邪気が入りやすい時期とされていました。

そのため、邪気を祓うため、中国では上巳に川の水で体を清める風習があり、遣唐使によりそれが日本に伝わったのが今でいうひな祭りの由来です。

当時はひな祭りとは言わずに「上巳節」と言われていました。

そして中国由来ですが、中国とは異なり、水で身を清めるのではなく、紙などで作った人形型に自分の体の穢れをうつして流したそうです。

現在のひな祭りのようにお雛様を飾るなんてことはありませんでした。

なぜ中国由来なのに本場と違うのかというと、もしかしたら当時、日本では中国のように川の近くで気軽に身を清めるなんてことはできなかったのではないでしょうか。

肌の露出はダメとされていた時代です。

しかも3月、まだまだ寒く、川の水といえば雪解け水も加わりかなり冷たかったはずです。

そのため、直に身を清めるのではなく、人型を流したのではないでしょうか?

あい
ひな祭りは日本独自の伝統行事かと思っていましたが、実は中国由来だったんですね。

ひな祭りと言われる由来は?

ひな祭りと言われる由来

では、中国由来の「上巳節」がなぜひな祭りと言われるようになったのでしょう。

それは当時、子供の間で流行っていた遊びが由来のようです。

その遊びが「ひな遊び」です。

「ひな」とは小さくて可愛らしいものという意味で、当時、おままごとのような人形遊びが流行っていました。

そしてこの「ひな遊び」と「上巳節」が合わさることで、「流しひな」に変わっていったようです。

「流しひな」はひな祭りの直接の由来とされている行事です。

人型に切った和紙に自分の穢れや罪を移し、海や川で流すことで身を清めるとされていました。

この時はまだ、当時のひな祭りである「流しひな」は女の子のお祭りというわけではありませんでした。

前述したように、季節の節目で邪気が入り込みやすいと考えられていたため、その邪気を祓う行事とされていたのです。

そして実は「源氏物語」にも、この「流しひな」は登場しています。

主人公の光源氏が道ならぬ恋に走ってしまった際に塞ぎ込み、陰陽師に人形を流させようとしたのですが嵐だったため、失敗に終わってしましました。

つまり光源氏の場合、身を清めるのに失敗したということですね。

このように当時の「流しひな」はまだ女の子の行事というわけではなかったのです。

そして今でも、ひな祭りのシーズンに由来となった「流しひな」が見られる場所があります。

それらをいくつかご紹介します。

京都「下鴨神社」

まさに穢れを清められるような澄んだ水に囲まれた神社で、ひな祭り当日に平安時代の衣装に身を包んだお代理様とお雛様による「流れひな」が行われます。

開催時には十二単の着付けも見られ、日本らしい伝統を感じられます。

鳥取「もちがせ流しびなの館」

「流しひな」は旧暦の3月3日に行われます。

流しひなの制作実演や、観光客も参加できる「流しひな」体験があり、ひな祭りらしい着物姿の女の子も参加し、風情ある光景になります。

あい
このようにひな祭りの由来である流しひなを未だ残しているところもあるんですね。

ひな祭りが女の子のお祭りになった由来は?

女の子の祭りになった由来

ひな祭りの由来とも言える「流しひな」は当初はまだ女の子のお祭りではありませんでした。

しかし、元々、子供の間で流行っていた「ひな遊び」が由来であったことと、時代の移り変わりで人形作りの技術も発達してきたことにより、「流しひな」の形が次第に変わってきたようです。

江戸時代中期には穢れを移すものが紙から人形に変わっていき、川や海に流すものから綺麗に飾っておくものに変わっていきました。

そして「端午の節句」が男の子の成長を祝う行事だったことから、3月3日の節句は女の子の成長を祝う「ひな祭り」になっていったそうです。

でも江戸時代に女の子の成長を祝うお祭りになったのはちょっとびっくりです。

江戸時代といえば、まだまだ女性の地位は低い時代です。

当時、しっかりと祝ってもらえたのはおそらく武家や商家の子供だけだったかもしれませんが、それが由来となり、今では女の子全員のお祭りである「ひな祭り」となっているのですから、よくよく調べてみると面白いですね。

そしてここで忘れてはいけないのが、ひな祭りの雛人形とは元々、女の子の穢れや罪を移すものであったということです。

ついつい可愛いので飾ってただ眺めるだけと思いがちですが、元々の由来は女の子に降りかかるであろう災いを代わりとなって受けてくれる身代わり人形のような意味合いがあります。

それにより、女の子が健やかに成長できるように祈るのです。

あい
このようにひな祭りが女の子のお祭りになった由来は「端午の節句」が関係していたようですね。

ひな祭りの由来は?まとめ

ひな祭りは元々は中国の伝統行事の一つが由来で、遣唐使により日本に渡ってから、日本の子供のあそびと合わさることで、今のひな祭りになっていったのです。

そして実は女の子のお祭りではなかったということもわかりました。

それが今では女の子にとって特別な行事の一つになっているのです。

今は綺麗なお雛様を飾り、家族みんなで集まってちらし寿司やお吸い物などのご馳走を食べる日本の伝統行事の一つです。

女の子が主人公になる日なので、ひな祭りになったら、綺麗なお雛様を飾ってお子さんの健やかな成長をお祝いしてあげてください。




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